月のうろこを食べるへび

マトモじゃないわたしがマトモに生きようとする奮闘記。夢の記憶、どこかで見た景色、ふと感じたこと。思うままに書いていきます。

大人になるとは諦めること?「諦める」の解釈について

大人になるとは諦める(あきらめる)ことである

 
誰かが、そんなことを言っていた。
 
おそらくは
「夢を諦める」とか
「自分はそれほどの人物ではないのだと
    自己評価を下げる=身の程を知る」
とか、そういう意味だと思う。
 
ここで敢えて
別の解釈をしたい。
 
「"夢を諦められない自分である"と諦める」
「"自分の可能性を追求し続けることを諦められない自分である"と諦める」
 
諦めないものが決まれば
代わりに捨てることになる何かが現れるだろう。
 
それは時間かもしれないし
これまで抱えていた価値観による安心かもしれない。
 
 
もっと、単純でもいい。
 
ブランドものの靴やバッグを諦めるか
諦められない自分であると諦めるか。
 
簡単に諦められるなら、
自分の価値観はそこになかったのだと気づけばいいだけ。
 
諦められないなら、
諦められない自分なんだと諦める。
 
つまりは、それが自分にとって素晴らしい価値観ということだろう。
彼らは、諦めなきゃいけない苦しみを解放できる代わりに、バッグや靴を手に入れるため、それが似合う自分になるための(正当な)努力を始められるだろう。
 
 
最初の言葉を言い換えてみる。
 
「大人になるとは("諦められること"を諦め、"諦められない自分であること"も)諦めることである」
 
もう少し噛み砕くなら、
 
「諦められることと諦められないことを明らかにして、その感覚に従うことである」 
 
うん。
この方がよっぽど、今っぽい。