月のうろこを食べるへび

マトモじゃないわたしがマトモに生きようとする奮闘記。夢の記憶、どこかで見た景色、ふと感じたこと。思うままに書いていきます。

モラハラ男の依存性とそれに応えちゃう依存女子

コンサル男の9割はモラハラ男??

 最近、私の周りの人間関係が激変しております。

 

今までご縁がなかった方と素敵な出会いがあったり、なぜか以前知り合いだった方から急にいい情報が入ったりとなんやかんやございます。

 

良いことももちろんあるんですが、今まで触れていなかった面倒なこともあるわけで。

 

そこで最近私の中でテーマになっているのが、依存性とかモラハラとか、そういう類の話です。

 

papuriko.hatenablog.com

 

「 コンサル男は冷血でモラハラ」みたいに書かれてますね。

「彼らは人の皮を被ったAIだ」とまで笑

 

ま”ぁ、実はその気持ち、私も分からなくない。

 

気持ちっていうのは、その”男”の方ね。

 

私も”(自分も含めた)ひとの心に非寛容、無慈悲”になれて、しかも”感情を理屈と自制心で処理しがち”な水瓶座なので。

 

私の救いは、性別が女だってこと。

 

女で↑を生き抜こうと思ったら、それこそ女を捨てなきゃいけないわけですよ。

女を捨ててばく進する必要があって、女としては評価もされなきゃ支持も理解もされないわけ。

 

ところが、男性で仕事が出来るひとなら、それで通っちゃうのよね。

それは、実は幸いなようで、救いがないってことでもある。

矯正されないまま、進めちゃうから。

 

おまけに男性はプライドの生き物。

 

苦しさや寂しさをプライドで隠そうとすればするほど、支配的になり攻撃的になり、より非寛容で冷血になる。つまり、モラハラ男の出来上がり。

 

女性と違うのは、それでも仕事さえ結果出てれば、社会的には認められちゃうもんだから、自分じゃプライドの鎧を脱げないまま、気付いたら変化が怖くなっちゃう(人の話が素直に聞けない)年齢まですすんじゃうのね。

 

ここにくっつくのが、自己肯定感の低い女子。

言われるまま、求められるまま、尽くしちゃう。

 

めっちゃいい子で、そこそこ地頭がよくて気が利く子ほど、尽くし過ぎる女になりがち。根性あればなおさら「なんとかしちゃう」から。

 

でもだめ、それって自己犠牲だし、相手のためにならないってのも自覚すべき。

何もかも受け入れるのが、相手のためになるわけではないのですよ。

 

依存的、男と女の関係

 

ちょうど、こんな記事なんかもあったりしてね。

 

papuriko.hatenablog.com

 

結局それも、男女のバランスの問題だから、お互いが納得なんだったらいいんだけどさ。ひとつの学びの段階とも解釈できる。

 

ただ、まぁ。端から見てると辛いし、うっかり巻き込まれちゃったりしたら、なんだか知らないまま「きっつい」状況になったりする。

 

心理学的にいえば、この状況は「コントロールドラマ」っていうやつです。

 

自分の好む役回りを相手にさせてしまう。

相手に、自分の満たせないところを満たさせてしまう。

 

例えば、試着室での会話。

「着てみたの~♡どうかな?」って言われて「あ、かわいいね♡」とか、もし似合わなければ「それもいいけど、こっちの方が似合うかもよ♡」っていえばいいだけなのに、(ほんとは似合ってるのに)「おまえ、そんなん似合わねーよ*」って言ったり、「子豚ちゃんみたいだね」とか(わざと引っかかるような)捻くれたことをことを言って反応を楽しんだり。

 

(*言い返せる関係なら、まだアリ)

 

これもね、夜のプレイだけならいいですよ。お互いが満足なら、夜に限りいいと思う。

 

でも、ごくごく日常の生活でやってしまうのは、これはもう、未熟さだと自覚した方がいい。

 

だって、それはエネルギーの搾取だから。相手が子供なら、トラウマ作っちゃうやつだから。

 

女性なら、受け入れることも、しなくていいというか、もっと言うと相手のために受け入れてはいけないのです。受け入れるのは、共依存(きょういぞん)という別の形の依存症です。

 

依存っていうテーマ

はぁ。つらつらと書いてしまいました。

 

こんなこと書いちゃうのも、私ががっつり依存症だった過去があるから。

 

自覚なくて、頑張ってるのに苦しくて苦しくてしょうがなかった経験があるから。

 

もし、モラハラ男に苦しんでる人がいたら、それは「受け入れなくてOK」と自分に許可しましょうね。

 

 

さてさて、今の私に戻って。

そうなのです。お気づきのとおり、私最近、モラハラ男に遭遇しましたのです!

 

いい感じの人、なんだけど、実はかなりのモラハラ男だって、気づいてしまったのです。

 

なんか、変だな~って思ったよね。

何で出会ったかなー。わたし、依存の回、卒業したはずだったのにな。

(まぁ、まだ何かしら学ぶことがあるのでしょうね。)

 

ということで、わたくし「無条件に受け入れる」の回は卒業しましたので、今度は「向き合ってみる」に挑戦しようと思います。

 

何か見えてくるかも。

 

少しだけ気づいているのは、相手の、子供の姿。

素直に表現できず、寂しさを共有できず、拗ねたままになっている少年。

 

少年と、お話する必要があるかも知れません。

 

進展ありましたら、また書こうと思います。

 

どうなるやら。